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12+4。

「なァー…何でだよぉおォ…」

今夜も、メインデッキは飲めや歌えの大騒ぎである。
しかし此処は、遠ざかる島の明かりに見送られる雄大な鯨の、尻尾の辺り。
船縁に引っかかって忘れられた洗濯物のようにぶらさがり、両脇から上を海の方へと投げ出してうなだれる男と、縁の上に腰掛け、彼を見下ろしている青年の2人きり。
男は両足ともにデッキにつけてはいるもののそれで体重を支える気は無いようで、足の甲が下を向き、靴の裏は上を向いている。
青年が少し広く見下ろしてみると、船の軌跡を逆巻く波が、男を捕らえて引き擦る網か何かに見える。
もう何度目か知れない問いに青年…エースは、つられて溜息を漏らした。



「おれが知るかよ」
「なんだよなんだよ、つめてーなーおめェはよーォ!
兄ちゃんがこんなに傷ついてるってェのにそりゃないぜー」
「聞いてやってんだろ」
「もー!」
「うるせェな」
「あー、おまえ今のアイツみてェ!ったくイチャコラし過ぎて似てきたんじゃねーの?そのうちお前までよいよい言い出したら兄ちゃん泣いちゃう!」
「い、言うわけねーだろ!」
「『い、言うわけねーよい!』」
「ッ、この野郎…もう聞いてやんねェ!」

エースが声を荒げ、同時にひらりと宙を舞い、こんなにもさりげない動きの中にも体幹のしなやかさを見せる流れでデッキに降り立つと、それを追って船の内側に重心を戻したサッチが慌てる。

「だあァ!ウソ、ジョーダンだってばエース君、もーちょっと付き合ってェ」
「うわ、寄んなよ酒臭ェ!」

容赦なく離れて行こうとする手首を掴み、名前の刻まれた二の腕に倒錯的な動きですり寄ったサッチは、素面という訳でもないエースがそれでも眉を潜めてしまうほどの酒気を薫らせて、しかし、酒に飲まれている訳でもなかった。
それなりの酒豪を『ザル』だと呼ぶなら、サッチ達ほどにもなるといっそ『枠』だ、とエースは思う。
本当に酔いどれている訳では無いけど、そういう事にして吐き出してしまいたいこともあるのだ、と、そういう気持ちを、酔えてしまうエースが共感するのは難しかったが、それなりの時を共に過ごす間に少しは汲んでやれるようになっていた。
だから、背中を見ただけで表情の腐りきっている事が読みとれるサッチを見つけて、うっかり近付いて、絡まれて、それでも付き合ってやっていたのだ。
サッチは、そんなエースの兄思いなところに甘えて、悪く言えば利用して、酒の力だけではなんとも出来ない思いを彼をからかう楽しさで慰めていたのだが、どうやら度が過ぎたようだ。

「悪かったって、ありがとなァ」
「…別に」

素直に謝られてしまっては、それ以上怒ることも出来ず、結局まとわりつくがっしりとした手を振り払うこともなく好きにさせてやる。
そんなエースの優しさに、サッチもまたふっと笑って力を緩め、今度は2人並んで、船縁に背を付けてもたれ掛かった。

「はァー…」
「…府抜けたサッチとか気色悪ィ」
「はは、ありがとよ」

ちらりとサッチの横顔を見て、それから目に見えはしない酒気帯びの溜息の行方を追うように視線を泳がせたエースが呟くと、少々ひねくれたその台詞の真意のみを受け取ってサッチは笑い、癖のある黒髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
自分の頭に触れることは許さない癖に無遠慮なその手にエースは肩を竦ませる。

「このおれが惚れちまうんだ…ありゃあ幻か、…女神かなんかだったのかもなァ」
「ぶは。あんたいっつもあっちこっちで骨抜かれてんじゃん」
「偉大なる航路には、神秘なる美女が溢れてんのよ」
「懲りねェの」
「懲りてたまるか、恋は良いぞ」
「ふぅん」
「ま、おまえもそれはもォ解ってるか」

言って、更に手の平に力を込めようとするので、エースはそこでようやくサッチの手を払う。
先ほどまでのようにからかい100%なのには手厳しく当たれるが、今のようにどこか嬉しそうに聞こえる声には気恥ずかしいばかりだ。
噛みついては来ず、少しむくれただけの弟に、サッチはまた頬を緩めた。
ちらりと振り返って見ると、もう暗く広がる海の何処にも、あの島の所在を知らせる光は見つからなかった。
残してきた未練を引き取りに行くことはもう叶わないが、もうこのまま置き去りに出来そうな気分なのは、可愛い弟のおかげだろう。
しかし、考えてみれば久々に「本気」というのになりかけたのも恐らくエースのおかげかも知れず、だとすればつまり、あんなにも落ち込んだ気分もまた、此奴の所為なんだろうか。
最近、家族で兄弟で戦友で腐れ縁で、何というか、良く知った、大事な奴が。久しく見せなかった顔や、自分ですら見たことの無かった部分を垣間見せる瞬間が、ある。
それを良かったと喜んでやる気持ちは持ちながらも、何より単純に、楽しんでいた。
滑稽だ、と。
それなのに、自分まで影響されて、その滑稽に仲間入りをしてしまうとは。
そうした考えを乗せてサッチは短く鼻を鳴らし、軽く瞼を伏せ、口元ではニヒルに笑んで俯いた。
サッチの心の内の流れなど知りようもないエースは、サッチが漏らした笑みに少しムッとした表情を向け訝しむ。

「何だよ?」
「…恋してるなァ、青少年よ」

歳離れた兄を二人纏めて青臭く変えてしまった若い感情を、サッチは感慨深く呟いたのだが、エースにとってはからかいでしかない。

「はぁ!?」

「愛し合ってるよなァ、お二人さんはよ」
「な、ななに、言って」

慌てたエースの可愛らしい反応に楽しくなり、それとほんの少しの悔しさもあって、サッチは今度は確かにからかいを含めてやった。

「愛してる、ってよ、彼奴はどんな風に言うんだ?」

するといよいよ、エースの顔が真っ赤になる。
能力が能力だけに、今触ったら火傷するかもなぁ、なんて思わせるほどに。

「言うわけねェだろ!」
「そりゃぁウソだな、ちなみにおまえは」
「だから言うわけねェって!」
「愛してんのに?」
「っ、サッチみてェに軽くねーの!!」
「ヒドい!」
「どこが!」
「お前言ってねェのかー」
「当たり前だ!」
「じゃあよ、言ってやったら喜ぶぜ?」
「言えるかそんなもん!」
「エース君よ、イイコトを教えてやろう」
「要らねェ!」
「まぁまぁ、聞いて損は無ェから」

サッチがぽんぽんと投げる言葉に、返してくるエースは大体全力投球だ。
フェアではないキャッチボールの、不意の隙間…エースの息継ぎのタイミングに、サッチは含みを持たせて囁いた。

「…なんだよ…」

どうせ碌な事ではないのだろうと言いたげで、けれど正直な好奇心もまた隠しきれていない瞳が向けられたので、サッチは白々しいほどの笑顔を見せて、エースの肩を抱く。
ちなみにエースはまだ赤かったが、人並みの体温だった。


「愛してる、だけが、愛してる、じゃないんだぜ?」

「……はぁ?」

どうだ。と言わんばかりに得意げな表情を数秒眺めても、エースには教えられた言葉の意味が解らない。

「何言ってんだサッチ。今更酔ってんのか?」

若しくは頭でも打ったのか、と失礼な言葉を、半ば本気で心配げに問うエースに、サッチは深々とため息を吐く。

「馬ッ鹿、違ェよ。あのな、『愛してる』っつー言葉以外でも、そのキモチってのは伝えられるって事」
「はぁ…」

なおぽかんとしているエースと真っ直ぐ視線を合わせるも、なんだか強大な隔たりを感じてうなだれ、しかしサッチは諦めず今度は空を仰いだ。
エースの顔も、つられて視線の先を追う。
満月だった。

「どっかの物書きだか詩人だかがよ、愛してるってのを『月が、綺麗ですね』っつったんだと」
「なんだそれ、ますますワケ解んねェ」
「だな。おれとしちゃァ、『死んでも良い』っつった奴の方を応援するな。愛してるー、死んでも良いー、やァ、解るぜ」

遂に眉を潜めてしまったエースにサッチはけらけらと笑ってエースの肩を解放し、また縁に背を預ける。

「サッチ、さっきっから恥ずかしくねェの」
「何が」
「…、愛が、どーとか」
「何を言うか。アイツの方がよっぽど恥ずかしいぜ。お前に宛てる言葉は真面目なツラしてどれもこれも睦言だ。おめェが愛しくて仕方ねェってよ。あのムッツリ鳥」
「だから、あんたおかしいぞ!!」


それから暫らく、また茹で蛸みたいになったエースがぎゃいぎゃいと騒ぎ立てるのを、笑っては煽り、宥めても煽りと賑やかしくして。
やがてふっと、サッチが黙ったので、エースもつられて声をおさめる。
ゆらりと身体を起こしたサッチの手が、もう一度エースの頭に置かれた。

「なァんか」
「ん?」
「スッキリしたぜ。ありがとよ、エース」
「!…お、おう…そりゃあ、よかったな」

ぱちぱちと瞬きをして、それから笑ったエースには、あんなにもからかい倒した後だというのに全くもって屈託がなくて、サッチもまた、全く可愛い奴だと純粋に笑う。
もう一度、今度こそ美味い酒を煽りたくなって、軽快に癖っ毛を撫で付けて腕を下ろし、くるりとエースに背を向けた。

「じゃ、戻るわ。酒切れた」
「あ、おれも」
「お前はもォ少し、此処に居なさい」
「なんで?」
「お前と戻ったら隊長サンに叱られちゃうのー」
「は、あんただって隊長だろ」

居なさい、の時に一瞬軽く振り返っただけで、後は背中が喋った言葉にエースは笑って、従った。
暫くして、メインデッキにサッチが迎えられたんだろう、どっと大きくなる喧噪が届き、程なく落ち着く。


「はー…変な奴…」

独り言ち、なんだか披露感を覚えながらも、エースはくくと笑う。
そして、別にすぐに戻っても良かったけれど、なんとなくそこに佇み、夜の海を照らす月を仰ぐ。


(月、…なァ)


と。

「エース」

聞こえた声に、エースはバッと上向いた顔を下ろしながら振り向く。描いた軌道と速度の所為で、一瞬ながら少し恐ろしい光景だったが、声の主、マルコの顔はひとつも動かなかった。

「マルコ!」

ぱっと、こちらを向いた顔を喜色満面といった表情に変え、数歩の距離を駆け寄ってきたエースに、今度はマルコの顔もつられてしまい、ふっと目元を細める。

「いま、戻ろうと思ってたんだ」
「そうかい。こんな食い物も酒もねェところで何してた」
「あぁ、…や、別に」

月を見てた、そう続けようとして、そのキッカケが先ほどのサッチとのやりとりだった事を思い出し、エースはつい口ごもる。

「?、まァいいよい…戻るか」

マルコはそんなエースの様子に僅かに首を捻るも、さほど気にせずメインデッキへと脚を向けようとして、その瞬間くんと腕を引かれ、少し先へ踏み出す筈だった脚をほぼ元の場所に着けた。

「つ、…き……」
「エース?」

マルコが喜ぶ、そう言ったサッチの言葉が浮かんで、エースはこれまた つい 腕を取り、引き留めてしまった。
言いたい、と思って口を開くが、下手に意識をしてしまった後で、何でもない言葉なのにまともに紡げない。
また自分の方に向き直って訝しげに呼ぶ声に変な汗が出そうだ。
これなら、下手に言い換えない言葉でも難易度は変わらないかも知れない。



「月が、綺麗だな」


「え」

行くも戻るも侭ならず固まっていたエースは、
音にしようと思った言葉が、そっくりそのまま聞こえたので、目を瞠った。
知らない内に自分が言えたのかと思ったが、間違いなく今のは、マルコの、声だった。


「…はい…月が……綺麗ですね」


驚きで色々が吹き飛んで、相手の音をなぞるように、しかし何故か酷い片言で同じ言葉を紡ぐと、一瞬の間を置いてマルコが吹き出した。

「っは、お前…そりゃ何だよい…っ」
「え!?いや、えっと!んな笑うなよ!」

腹の辺りを押さえて身体を軽いくの字に折り、肩を震わせるマルコの姿に、止めどない羞恥が沸き上がってきてエースは怒鳴る。
だって、だって驚いたんだ。
サッチとの会話を聞いてたのか、とか、いやそう言えばマルコが現れたとき、あの時おれはボーっと月を見てたから、だからかもしれないけど、でもだからって全く同じ言葉で!

「ったく、お前は」
「あ…」

言い訳がましい独白に耽るエースより、少しばかり早く復帰したマルコは、深呼吸の後に未だいっぱいいっぱいのエースの頭をぽんと撫でた。
すると、マルコの手が触れたのが停止のスイッチだったかのようにエースの熱が、しゅうと落ち着く。

「ほら、行くぞ」
「…うん、あれ?そっち?」

マルコが促すように歩き出した先は、戻ろう、と言っていたメインデッキとは違う方向で、それだけに気付いたエースが反射的に問う。
振り向いたマルコは、当たり前だろう。と、勝手な行き先変更をさも当然というような顔で、やっとエースは新たな行き先を理解する。


「おれの部屋でも、月は見える」


言い残して歩きだしたマルコが先ほど押したスイッチは、一時停止のものだったらしい。
効力が切れてしまいまた騒がしくざわつきだした胸と熱くなる血を必死に押さえて、マルコの5歩目が出るときに、エースは1歩を踏み出した。


屋内へと入る前、ちらりと見上げた満月は、
確かにとても、綺麗だと思った。




〈end〉


[しずまる]

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プロフィール
HN:
とど”まるこ”とをしらない人達
年齢:
13
HP:
性別:
女性
誕生日:
2010/11/22
職業:
モビーディック観察
趣味:
妄想
自己紹介:
マルコがエロ過ぎて心がやす”まるこ”とがない やすまると
マルコが男前過ぎて萌がしず”まるこ”とがない しずまるです。
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