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悠樹純の連載の続きが届きましたっ
いつも、直接ギャラリーにアップしていたのですが、
なにやらアップローダーの調子がとても宜しくないので、
取り急ぎこちらの続きにアップします。
近日中にギャラリーへ移動しますー。
優雅に流れる旋律。
60人を越える大編成のオーケストラが奏でる音楽は、高くなり低くなり、美々しいホールを満たしている。
観衆で一杯になれば、おそらく四千人近いキャパシティーのホールの客席には、最低限の照明の中をうろつく、いかにもラフな服装の関係者ぐらいしか見当たらない。
最終の調整に入った、本番と全く同じ演奏だ。
偶然聞けたとしたら、贅沢なもの。
と、いうのに。
舞台から最も遠い席の、とことん照明から遠ざかった薄暗い通路に、壁にへばりついて、床に座りこんだエースの姿があった。
しかも、実に念の入った暗い顔をしている。
いやな顔を描きなさい、と小学生に言えば、こんな顔を、絶対に描く。
『甘いんだぞ!』と信じて齧りついた柿が、シブにシブを継いだものだった、と知った瞬間の小猿の顔と描写もできよう顔だ。
ともかく、悲哀の具現化、だった。
「なにを、お籠もり修行しているんだよい」
からかうような声が降ってきた。
頭上高く立ちはだかるのは、マルコ。
ホール最後尾の扉を開けて入ってきたら、思わぬところでエースを見つけた、というか、危うく踏みにじるところだったのだ。
「気分が悪いんだ」
「何が・・・」
「この音楽」
「じゃあ、聞かなきゃ良いのに」と揶揄しようとして、この元気満タン火薬小僧が、あまりの気分の悪さに、へたり込んで動けないのだと知った。
「おい、おい、おい」
かなり慌てて、そのまま抱え上げ、ホールの外に連れ出す。
ソファーに下ろした後も、襟元を緩めてやるやら、手近にあった観葉植物のでっかい葉っぱをむしり取って、顔を仰いでやったりと、介抱に余念がない。
まだ音は漏れてくるが、どうやら顔色が戻ったのに安堵する。
「そこまで嫌いか、古典が」
ほっとしたので、またからかう気になったらしい。
「まったく、最近の若いもんは・・・」
「そうじゃ、ねえ」
ちゅどん、と小爆発
先だってのミュータント狩りから救ってもらった折に、火炎の能力を披露しているので、マルコの前では、たまに感情のままに炎がほとばしったりする。
「俺はどっちかってえと、古典の方が好きだ。だせえと思われるかも知れねえけどよ」
ちょっと気恥ずかしげに、もごもご。
「だって、これだけの時間を生き延びてきたんだから、それだけ皆、好きだってことだろう?」
「俺も古典は良いと思ってるよい」
片目をつぶったマルコに、「でも、おまえ、ラジオから流れてきた瞬間、爆睡したじゃないか」と、否定しようも無い事実を指摘されて、エースは素直に赤くなった。
知り合って、じきの頃。
十代の若者で一杯の食堂に、何の手違いか、ハープの調べも優雅極まりない古典音楽が流れた瞬間、右手に持ったスプーンをそのままに、エースは顔面からスープ皿に突っ込んだ。
あまりの激烈な動きに、全員が凍りつく中、高らかな寝息が響いたのだった。
「あ、ありゃあ、その」
「古典ってのは、なんか、脳みその中のどっかを麻痺させるんだ。絶対そうだ!」と、ぐっと拳を握り締めて、力説。
「聞いていると気持ちよくなっちまうんだ。そんな状態で、起きていろって方が、無理だろう」
ここでマルコ、「たかが一小節でか」と突っ込みたかったが、武士の情けでやめておく。
「だが、さっきのも気持ち良くなってるには、ほど遠いだろうがよい」
「うん。だから、変なんだ、あの音楽」
「お前さんの方じゃなくてか」
俺が変なのか、音楽が変なのか、ソファに寝たままジタバタ、なんとか理論的説明を試みるが、かなしいかな、直情爆走青年に、その手段は無かった。
だが。
「おもしろい事を聞く」
いきなり、何の前振りもなく、ソファーの背もたれの向こうから声がした。
ぐわぼおっっ
二人で同時にあげた悲鳴が、妙なハーモニーになった。
いつの間に近寄ってきたものか。
白銀の柱から削り出したような男の姿があった。
顔に刻み込まれたシワは、確かに男の年齢を語っているが、無駄な肉が一切見えない体の線と、
その動きの滑らかさが、過ぎ去った歳月を忘れさせ、只者ではない存在感を示す。
さらに、心の奥底まで抉るような、鋭い黒曜石の眼差し。
かすかに唇の端を釣り上げただけの、茶目っ気のある笑みは、その男を気安くも、またとてつもなく危険にも見せている。
「面白いな」
男は、繰り返した
その短い言葉が、百トンの石が頭の上すれすれで止まっているように感じるのは何故だろう、と、ただでさえ最悪気分から回復途中のエースは、しみじみ悲しかった。
「おおう、冥王レイリーさま自ら、練習時間まで御視察とは、恐れ入りますよい」
「お元気そうで、なにより」などと、時候の礼儀正しい挨拶ぶり。
一国を手中にする男の前で、全然恐れ入っていないマルコの様子に、またも、エースの頭の中には「実は何者なんだ、あんたは」の疑問が新たになる。
「元気でやっとるよ、お互い、健康第一に考えねばならん年じゃからの」
慇懃無礼の極致に対して、ただ、にんまりと笑う冥王は、とても人が悪く見える。
いやあな顔をするマルコをそれきり、レイリーは、温かくエースを見やった。
「いまは元気そうに見えないが、普段は元気にやっとるようだな」
「はあ、まあ」
片や、誰も知らぬもののない、ロジャーの片腕
片や、誰からも秘せられていたロジャーの息子。
海楼石で作られた屋敷に、生まれてからこれまで幽閉状態だったエースが、ロジャーが死んだ後、屋敷から『生きて』出られたのは、実は冥王レイリーの計らいだったのだろう、と、これまでのエースの断片的な情報から、マルコは踏んでいた。
それが何故かは、謎のままだが。
「この格調高い音楽のどこに、いちゃもんをつけるのかな」
からかうように、ふわりと両腕を広げる。
豊かな銀の髪が、黒いマントに踊って、一条の光を切り取り、まさに闇の中からこの世への道を辿る冥王そのものに見えた。
ロジャーがこの上なく信頼し、その頭脳と手腕を頼りとした男は、独裁者の突然の死の巻き添えになって、失脚しても不思議ではなかった。
それを、まるで魔法の杖を一振りしたがごとく、粛々と政治の舵取りを勤めている。
そんな恐ろしい手腕の持ち主が、にこにこ笑って近づいてきたら、
後ろ手に隠し持った胡椒入れと思しきものの中身が、蛇に姿を変えられる魔法の粉だったとか。
お小遣いをあげようね、と差し出されたのが終身奴隷契約書だったりとか。
かくも恐るべき冥王に、全開の笑顔で促されて、気の毒なエースが、全身全霊の力を振り絞って説明しようと努力する姿は、実に、痛々しい。
「なんだか、その、余分ってぇか、完璧なバランスを乱す音が混じっている気がするんだ」
「ふうむ」
レイリーは、ちょっと小首をかしげて、漏れ聞こえる音楽に集中した。
やがて、愁眉をひらいて
「ワシには、わからんな」
あっさり。
「おおっとぉ」
「だが、お前の野生の勘は極めて信ぴょう性が高い」
きっぱり。
「ええっとぉ」
滑ったり、のめったり、エースもマルコも忙しい。
レイリーは、不思議に感情を映さない漆黒の瞳で、エースを眺めた。
その後ろにある人影を見極めようとしているように。
「ロジャーはすべてのものの声を聞いた。お前に、その能力の片鱗が受け継がれても、なんの不思議もない」
ふ、と幻影を追い払うように頭を一振り。
「ワニを呼べ」
『トリ』と続けなかっただけ、レイリーも人間関係に気を使うこともあるらしい、とマルコは良い方に解釈することにした。
独裁政権下の国に付き物の、ばかでかい建物のだだっぴろいホールを横切り、やたらと長い通路と階段をダンジョンし、『もしかしたら、総裁室にいるのではないかなあ』と目されるサー・クロコダイルを呼びに行く伝令ボーイを仰せつかった彼は、「いっそ飛んでいくか」と思ったが、たぶんレイリーが、彼がいない間にエースと内密に話したいことがあるのだろうと察しをつけ、素直にトコトコ旅に出ることにした。
ワニの旦那も、レイリーに呼びつけられたからと言って、砂になってすっ飛んでくるとは思えないから、自分達2人も、この件について話す時間はたっぷりある。
公共事業の提供のため以外、さしたる目的もない建物にも、使いようはあるものだ、とマルコは素直に感心した。
取り残されたエースは、唐揚げ専門店の調理場に紛れ込んだ鶏の気分。
「そういえば」
遠ざかるマルコの背を見送っていたレイリーに、ぐるんっと振り向きがてら見下ろされて、実は、心底ビビッた。
冥王は、向かい合わせのソファーにゆったりと座りなおす。
まだエースが強烈な気分の悪さから回復しきっていず、長々と寝かされたままなので、まるで、麻酔無しの心臓外科手術を始めます、状態。
「まだ、ちゃんと礼を言ってもらっていなかったな」
たちまち、持ち前の反抗精神に火がつく。
「なんの礼だ」
「家から出してやったことへの」
切れ長の目に怒りが閃いた。
「勝手に追い出すなよ」
「では、あのまま、あそこに引き籠っていたかったのか」
「おお、知らなかった」と目一杯白々しく驚きを表わされて、うんざりげんなり。
家から出してやるもなにも、夜中にいきなり、防火服に身を包んだ馬鹿でかい男たちが六人現れ、電磁ショック棒で、うりゃうりゃ威嚇しながら、一人がメッセージを読み上げたものだ。
『ロジャーが死んだので、この屋敷も整理する。よって、中身は即刻立ち退くように』
「それって、自由にしてやるって、そう意味にとれるか?」
中身って。
賞味期限を越えたヨーグルトか、俺は。
「じゃあ、滞納家賃を払いたかったのか」
「誰が、大家と店子じゃ!」
バフバフ爆発したかったが、火災報知機を鳴らすのも気がひけたので、懸命にこらえた。
先週、すでに消防車一斉出動の事態を3回やらかしていたので。
そこで、レイリーが銀色の頭をがりがりと掻いた。
妙に敵意を削ぐ動作だった。
「いや、連絡したかったが、忙しくてな」
「考えてもみろ。『ロジャーが死んだから、自分があいつに取って代われる』なんて、大それた妄想患者が、どれだけいると思う」
レイリーは、深々と溜息をついた。
『どうして独裁者は死ぬ時に、やっかいな馬鹿どもを残してくれるんだ』
「軍部の頭の足りんイノシシ将軍連中を首都から追い払うために、訃報の公表前に遠隔地に送って、前代未聞の規模の演習で血を抜き、使える武器の数を減らし、
反政府やら革命軍のお気楽どもには、その演習を掃討作戦と勘違いさせ、
貴族のアンポンタンどもは、領地近辺で騒ぎを起こして追っ払い、
その間に、世界中にロジャーが確かに死んだことを見せるため、腐らないよう処置して、式典もやるんだ。
富裕層にはロジャーの遺産をちらつかせて物欲で忠誠心を買い、
国民にはすかさず議会制への移行をぶち上げて、いかに「これから明るい将来愉しいわ、ラララー」な計画作りに忙しくさせ、とりあえずワシへの反抗心が武装蜂起に繋がる暇をなくしてやった。
ここから敵と見方を篩い分けだ。情報部は幸いワシの手の中にあったがな。
メディアの、スキャンダル中毒の連中には、まるでワシが『独裁者ロジャーを滅ぼして、この世に君臨した救世主的政治家』なイメージキャンペーンをさせるために、ビデオ撮りやらで、寝る暇も無い。
国内でこれだけやってりゃ良いならともかく、さらに世界政府の嫌がらせや、隣の国の連中のちょっかいも、うまくかわさねばならん。
まだまだ、全部じゃない。それを独りでやるんだぞ。
この二ヶ月で二十は老けたぞ。この年寄りに、要求するものが多すぎるってもんだ。
子供の世話まで、出来ると思うか」
自分にむかって、ぐちぐちこぼされても、それは違うだろうとエースは思った。
普通、死に瀕した老人から、長々と生涯にわたって培った知恵を授けられる若者ってのは普通だが、息絶え絶えの(違うけど)若者に、報われない勤労振りを愚痴る老人も、珍しい。
「そんなに権力が欲しいのかよ」
たまに宮殿からやってくるロジャーは、まるで死体になったエースを見つけるのを期待していたような目付きだったり。
またいきなり、隠し通路に彼を伴って、ロジャー本人抜きの執務室で古狸どもが何をやり、何を語っているかを覗かせたりしたものだ。
そんな時、独裁者の『穏便な死と権力譲渡』を願っている連中を見せながら、エースの肩に置かれたロジャーの掌は、重く温かかった。
「なあ、エース」
古狸の中に一度も見出さなかった唯一の男が、まっこうからエースの目を見つめた。
「お前にとってロジャーは最悪の父親で、他の連中には独裁者だったろう。
だが、奴は、この国を守り通した。この国を、『国』として存続させるために戦ってきた。
そして、ワシは、この土地が好きなんだ。
ここが国家だろうと何だろうと構わないんだが、国の形が失われれば、ここは欲得づくで搾取される、ただの地面になってしまう。
ロジャーのやってきた方法が必ずしも正しいとは思わんが、ワシは、ここを失わずにすむように努めている。
ただ残念ながら、全てを公平平等に正してくれる奇跡なんてものは、この世に存在しないんだよ、坊や。祈って、その奇跡がもたらされるなら、何年でも一心不乱に祈ってやるが、その間に世界が滅びたら、元も子もないだろうが」
うん?と促されて、エースは溜息をついて、窓の外を見やった。
港の上に一点の黒雲。
と思ったら、それが急速な広がりを見せていく。
建物の反対側の、サー・クロコダイルの部屋からも、港が見えた。
限りなく広がる、刻々と色を変える海は、いつ見ても飽きることの無い、心躍る光景だった。
港を囲む山の上に、すでに黒雲は息を呑む早さで湧き上がっていく。破壊的な力をまざまざと見せ付ける雷の気配もあった。
「嵐が来るな」
薫り高い酒の入ったグラスを一つ、勝手に一番良いソファーで寛ぐマルコに渡す。
嵐が来る。
まだ僅かな時間が残されいていも。
この世を洗い流してしまうものになるのか。
または新しい希望の息吹を運ぶものなのか。
グラスを軽くぶつける、神ならぬ身のクロコダイルにもマルコにも、知りようが無かった。
続