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風邪ネタ2(後編)

限りなく闇に近く、暗くごわごわした灰色だった筈の視界が塗り変わる。
ああ、すっかり頭の中が一色になってしまった。

マルコに逢いたい。



その時。
眠っていたら絶対に気付かない、静かな音で扉が開いた。
あまりに計ったようなタイミングだったから、気のせいかもしれないと疑って、すっと目を閉じて耳に意識を集める。
こうして研ぎ澄ませると、ドキドキと煩い鼓動が浮き立って、あまりに素直な心臓に我ながら笑ってしまいそうだ。
少し、入り口で中の様子を伺うような間を置いて、微かな足音が近付いてくる。間違いない。
かちゃりと、そう重くない金属が擦れるような音も混ざっていて、持っている物も想像出来た。

「…飯?」

気配の方に身体を向けながら、毛羽立った布を掴んで下ろす。
起きているとは思わなかったみたいで、少し驚いたような顔をしたマルコは、じっとおれを見た。
それから、なんだか呆れた様に笑った。第一声が、食い意地の塊みたいだったからだろう。
だって、ちょうど逢いたいと思ってた、とは言わねェ。それも思うだけにして、おれも笑った。
マルコが来た、他には何も変わらないのに、急に身体が楽になった気すらする。
食えるかと聞かれ頷いて、サイドテーブルに下ろされるトレーを見ながら身体を起こそうとすると、そっちから伸びて来る腕の気配。

「っ、大丈夫だ!」
「おれは平気だよい」

思わず身構え、荒げた声と共に睨んで制する。
マルコは少しも動じないけど、従って手を止める。

「わかってる、けど…大丈夫、だから」

そう言うと、特に表情も変えていないマルコに、仕方無ぇなと言われた様な気がした。
解ってる。マルコは大丈夫だ。マルコだけは、今のおれにも触れられる。
解ってるけど、おれを此処に運んでそれを証明してくれた時、いつものマルコの姿のまんまだった腕と胸に、おれを下ろす瞬間だけあの蒼色が迸った。
そしてもう、傷ついた肌は見えなかった。悔しいような、悲しいような、あの気持ちはなんだろう。もう一度味わう気にはなれなくて、あれからまともにマルコに触れてない。
そんなおれを解っているのか、マルコも無理には触れてこない。そうして今も、ゆるりと腕を下ろして引いてくれた。
ホッとして、心でごめんと呟きながら一人で起き上がったら、近くでギシとベッドが軋みマットレスが沈んで、ぐらりと少し身体が揺れる。
すぐ傍にマルコが腰掛けたからだった。

「ッ…」

触れなくたって、こんな近くちゃ相当熱いだろうから、もう少し離れるべきだと思って身体を揺らしたけど。
おれの身体がいま、体温計なんて弾け飛んでしまうくらい熱い、なんて、今更すぎる事を確かめたくなる不思議な感覚。
こんなに熱いのに、触れてもないマルコの身体が温かく感じる、なんて。錯覚でしかない。
遠離るでも、それ以上近付くでもなく、おれに任せて傍にある温かさが、錯覚だろうと心地よくて、離れられなくなる。

「ほら、食え」

曖昧にそこに留まっていたら、少しマルコの空気が柔らかくなったような気がして表情を伺う。
熱さなんてまったく構ってないような顔で笑われてしまったら甘えるしかなくて、大人しく頷いた。

「うん…いただきます!」

甘えると決めたから、思い切って勢い付いた返事を返して、それから思い出した。
そう言えば、飯を持ってきてくれたんだった。
あれ、何で忘れてたんだろう、体調は頗る悪いけれど、飯が食えなくなるおれじゃない。そんなにマルコが来たの嬉しかったのか?
ともあれ、もうこうなったら目の前の食い物に集中だ。

サイドテーブルへ手を伸ばして、早速フォークで肉の塊らしいものを突き刺した。
2口目もすぐになだれ込む予定だから、そのフォークを右手に、皿を左手に掴んで顔の前まで引き寄せる。
何時も通り、美味そう、と思った。
また微かに、何かおかしい気がするけど何か分からない。

へらりと緩んだ口を目一杯に広げて、そこに串刺された肉を放り込んだら、もう次の一口の準備も出来ている…んだけど。あれ?
おかしい。とってもオカシイ。
意味が分からなくて、とりあえずゴクリと飲み下す。
もう一口いってみよう。

よく、ちゃんと噛んで食ってるかって聞かれるのを、噛んでるじゃんなに言ってんだ、とか不思議に思ってたんだけど、なるほど、普段はこんなに咀嚼してないな。
いや、そんな場合じゃない。
なんだこれ。

「マルコ…」

1口目は、なんかおれが知らないそういう料理なのかと思った。
けど、そんな訳なかった。
我ながら随分弱気な声が出た。

「おれ…もう駄目かもしんねェ…」

食事の手を動かす頭は止まってしまって、いっぱいに埋め尽くす疑問符が沸いて、次にそれを全部押し流す絶望がなだれ込む。
驚いたように、マルコの目がいつもより大きく開かれているけど、天藍石みたいな瞳に見蕩れる余裕も無い。
おれの言葉の続きを待っているように見えたから、事態を説明しようと言葉を探す。
すぐに見つかった言葉は口にするとショックが増しそうで、声に乗せるのを躊躇うが、意を決して戦慄く唇を動かした。

「…なんの味もしねェんだ…もう生きていけねェよ…」

そう、完全なる無味無臭。
料理を前にしている筈なのに腹が鳴らなかったのと、美味そうだと思った時の違和感は、何の匂いも感じなかったからだった。
予想通りだ。これはショックだ。

「はァ?」
「なんだよそのカオ!おれにとっちゃ死活問題だ!」

心底馬鹿にしたような声に、カッと血が上る。
風邪の症状だなんて事はおれだって解るし、もっと言うなら、その名前はずばり「鼻づまり」だ!
続けて叫ぼうと思ったけど、格好つかない事この上ないので堪えた。
けど高熱の所為で光を失っちまうとか、そんな話も聞くじゃないか。
規格外の高熱に襲われてるんだ、其れで味覚がイカれちまったって可能性、ないなんて言い切れなくないか?
大体、こんなに美味そうな物を食ったのに、それを味わえないなんて、こんな思いをしたのは初めてなのだ。 不安になって然るべきだと思う。

「脅かすんじゃねェよい…ったく…。悪かった」

俯いて、美味しい筈の料理を恨めしそうに眺め、またマルコを睨みつけようと視線を上げる。
と、急に迫られて焦点を合わせるのも間に合わず2つにダブッて見えたまま眉間に触れた何かが、マルコの指の腹だと気付くまで、一瞬。

「わ…」

拒もうとした筈のおれの口からは間抜けな感嘆が漏れる。
とても綺麗な蒼が視界を覆って、風に布がはためくような、焔が、其処に在る為にたてる音が聴こえる。
触れた所がひやりとして感じるのは、マルコの体温なのか、炎の温度なのかな。
簡単に毒気を抜かれたおれが可笑しかったのか、マルコが喉の奥で笑う声がした。
ちらちらと、良く知る動きで踊る炎が、もっと大きくゆらりと揺れておれを撫で、遠離る。
たったそれだけの動作が、なんて鮮烈なんだろう。でも。

「さっさと治せよい。そうすりゃ戻る」
「…うん」

思わず視線で追いかけた指先は、ほんの一瞬眉間に触れた時の、というかもとの形で膝に置かれている。
それをじっと見ていたら、毛布の中で過ごす時間の間に考えた色んな事の中から、何度か過ったトピックが帰ってきていて、掛けられた言葉の内容はするりと頭の横を通って行って、おれの無意識の声もそれを追いかけた。
綺麗だから見せてくれと、いつも強請っては躱される、さっきの蒼い炎を、
昨日と今日だけでもう何回も見せてもらってるけど、嬉しいと思わない理由。

いや、見せてくれって頼んで何ともない時に見せて貰うのと、自分の能力の暴走の所為でそうさせるのは全然話が違うから、理由もへったくれもないんだけど。
それは当然として、今の優しい仕草で、もう一つ気付いた。
蒼だけじゃ、足りねェんだ。なんか。
マルコに、触ってもらえないのは、駄目なんだきっと。
マルコの肌に、触りたい。


あれ?
それも当たり前かも知れない。


気付いた!なんて大仰な閃きを伴って浮かんだ解が大前提だと気付くと、見事な空振りをかました感覚に我に帰る。
どうやら、一人で思考のラビリンスに居る時間が長過ぎて、回路全体が大袈裟かつまどろっこしく設定されていたようだ。
まるで頭だけまだ毛布を被っていたのを剥ぎ取られたみたいに急にスッキリして、いつもの楽観的な気楽さが帰って来た。
もう一度自分の手元の料理を見る。
さっき、生と死を分つくらいの大事だと思った事が、驚く程どうでも良くて口が緩むのがわかる。
同時に、らしくなかった自分が気恥ずかしくなって、ごまかす様に再び料理を口に運んだ。
やはり、味も匂いもしないけれど、もうさして気にならない。こんなのはどうせ、風邪と一緒に治る。治す為には、食わなければ。
急にいつも通りの食事を再開したおれに、驚く気配がしたけど構わずに一気に腹に納めていく。

「っぷはー、ごちそうさまでした!」
「よく食えるな…」
「ひひ、さっさと治さねぇとな」
「…そうか。よく食ったな」

はじめは呆れと感心の入り交じったような声で、次はなんだかホッとしたようなそんな声。
表情は、さっきのやり取りは何だったのかと言いたげで、それはおれにももうわからないから笑って応えた。
不意に、再び伸びてきた手が頭を覆ってくらりと頭が揺れ、くしゃと擦れる音が耳を擽る。
触れられる事を喜べなかったもやりとしたものは幾分薄らいでしまっていて、拒み難い心地よさに焦り身じろぐと、簡単にその手は離れ、マルコも立ち上がった。
空になった皿を取り上げトレーに載せて扉へ向かう背中に向けて、身を乗り出す。

「ありがとな!」
「ちゃんと寝とけよい」



おれの礼を肩越しに受けて、あっさりとマルコは出て行った。
また、静かな部屋だ。
けどさっきまでとは全然違う。

さっきまでおれに愛想を尽かしていた筈の睡魔の奴は、あっという間にやってきた。
重くなる瞼の裏は昨日から何度も思い浮かべた色。
あ、これ炎じゃない、天藍石の、蒼だ。

このまま再びベッドに沈み、
首の所まで毛布を被って、
深く溜め息をついたら、
抜けていく空気と一緒におれの意識は旅立つだろう。




しっかり食って、しっかり寝て、一刻も早く治んねぇと。
なんでもいいから早く、マルコに触りてェ。


<end>




[Side:しずまる]

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プロフィール
HN:
とど”まるこ”とをしらない人達
年齢:
13
HP:
性別:
女性
誕生日:
2010/11/22
職業:
モビーディック観察
趣味:
妄想
自己紹介:
マルコがエロ過ぎて心がやす”まるこ”とがない やすまると
マルコが男前過ぎて萌がしず”まるこ”とがない しずまるです。
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