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2024.11.20 Wednesday
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Merry Christmas
2011.12.24 Saturday
クリスマスイブですね!
やすまるもしずまるもちょっと立て込んでいまして、クリスマス的なサムシングを書けませんでした・・・
自分たちの作品で祝う事は出来ませんでしたが、悠樹純さんのクリスマスな作品を続きにアップします!
ありがとうございますー!!
[やすまる]
やすまるもしずまるもちょっと立て込んでいまして、クリスマス的なサムシングを書けませんでした・・・
自分たちの作品で祝う事は出来ませんでしたが、悠樹純さんのクリスマスな作品を続きにアップします!
ありがとうございますー!!
[やすまる]
Merry Christmas[前編]
そろそろ陽の落ちる頃合いだった。
屋上に出る扉が開いた。
相当に重量のある扉は、まったく音をたてない。
顔を覗かせたのは、ポートガス・D・エース。
日ごろの彼を知るものなら、とても驚いたことだろう。
バーン!!(扉が開く)
ドーン!!(踏み込む)
ドンガラガッシャーーン!!(壊す)
そんな破壊神そこのけの青年が、恐る恐る、といった風に、扉をくぐって現れたのだから。
新生共和国を祝って建てられた「テアトゥルム・リベロ」の最上階片隅に、誰も気に掛けないような、灰色に塗られた、本当に普通のドアがある。
ところが、だ。
そこをあけ、雑多に詰まれたボール箱の間を通り抜けると、こっそり人目を避けるような螺旋階段があって、その一番上まで登った先に、まるでここだけ数百年も経ったかに見える、巨大な扉が聳えていた。
重々しい、触ってみれば木の手触りだが、古代の正体の知れない金属製だと言われれば、そのまま頷いてしまいそうだ。
大きく彫りこまれた、大人の背丈ほどもある龍の紋章。
良く目を凝らせば、二頭の絡み合う龍がそれぞれ深紅と深緑なのがわかるが、ぱっと見には、ほとんど黒一色に見える。
人を迎え入れるためと言うより、すべてを拒み、内に秘められたものを、確固として冷たく世界から閉ざすための。
それは、そういう扉だった。
だが。
そんな拒絶をものともしないのが、エースの所以である。
それでも、うやうやしくといって良いくらい丁寧に、彼をして、粗雑な動きを制限するものが、その扉にあったことは確かだが。
扉の隙間から新鮮な外の空気が流れ込む瞬間。
エースは、何よりそれが好きだった。
このところ、ようやく自分を受け入れ、また、彼も受け入れ始めた「世界」だったが、
それでもこの扉をくぐって外に出ると、本来の、なにも身構えることのない自分に戻れる気がするのだ。
ひんやりと、冷たい夜の闇の中で、たった一人、体の中に燃える炎を、いつまでも眺めていた頃の自分に。
扉を開けると、通常の建物全体の屋上から、よじ登る気力も削ぐほど高い塀で切り取られた区画があって、なんと庭園になっている。
といっても、花が咲き乱れるとか、緑生い茂る木があるわけではない。
ただ、冷え冷えとした金属製のベンチが二つばかり。
それから、その中央に、また小さなパヴィリオンがあって、水の出ない噴水が据えてある。
なんということのないデザインだが、噴水の真ん中に立って掌に珠を載せて微笑む女性像が、どういうわけだかエースの心をとらえたのだ。
若く晴れやかな、無邪気な顔に、どこか哀しそうな翳を落とす気配がある。
その翳の源が、女性の微笑みにあるのだと気づいた時、それはいっそエースに衝撃をもたらした。
笑いによって覆い隠された、言い尽くしようのない哀しみ。
それは彼女自身のものではなく、誰かのために、彼女が抱えている苦しみなのだ、と。
吸い寄せられるように、目が離せなくなる。
その、物言わぬ女性の笑みが見たくなるのは、彼自身の心の痛みが、一人で抱えきれなくなる瞬間なのだ、とは、まだエースは気づいていなかったが。
彼女の掌に載る珠は、すべての光を吸い取るが如き黒い輝きを帯びているが、そこに彼の指先から炎を映すと、まるで夜空の星を映しこんで息づくかの煌めきを返してくれる。
それは、エースの心の中に直接響く、聞いたことのない、その女性の声のようで、しばし彼を陶然とさせるのだった。
ここを見つけたのは、本当に偶然だった。
ある日。
食堂の大画面テレビに、ゴール・D・ロジャーの顔が、それはもう、いきなり映し出された。
去年の暮れに死んだ独裁者が、突然、地獄から舞い戻ってきたかのように、巨大なスクリーンで、あの独特な笑顔を閃かせた瞬間。
居合わせた全員が、心臓発作にでも襲われたかの如く体を強張らせ、顔にはありありと恐怖が浮かんだ。
この一年、ようやく訪れた自由を受け入れ、そして謳歌しはじめていた人々が、一瞬で、またも悪夢の中に叩き込まれたのだ。
なんの抵抗もできずに。
『ああ、この独裁者は、これほどの恐怖の源だったのだ』と理解した。
そして、彼こそが自分の父親であること。
その男を、その男の永遠の不在を、これほど恋しく寂しいと思っている自分に気づいて。
自分の思いが許されないものなのだと考えた時。
誰にも言ってはいけない。
思うことも許されない。
心が、きりきりと痛んだ。
いきなり立ち上がって、食堂から走り去る。
テレビの映像に、ようやっと立ち直った人々が罵声を浴びせ始めたのを、エースは聞いていたくなかった。
すでに大部分が、彼が心を開いている仲間だったが。
彼らの叫びを、許したくなかった。
自分が「父」をどれだけ憎んでいたとしても、同じくらい深く愛していたのだと、彼らにぶちまける事が出来なかった。
仲間たちの目が、彼への好意が憎しみに変わるのが怖かった。
そして、そんな風に思う自分が、一番受け入れられなかった。
無茶苦茶に、馬鹿でかい建物の中で、とにかく誰にも会わない方向へと、ひたすら走り、
最後には涙の止まらない目を、ロジャーの面影を消すためか、追うためか、しっかり閉じてしまっていたので、
くだんの龍の扉には、まさに頭から突っ込んだ。
どういうわけだか、その後はいつやってきてもガッチリと閉じられている扉が、彼をそのまますんなりと通し、エースは、みごともんどりうって、庭園に転がり出たのだった。
心の痛みは、驚きとともに、大空高く消え去った。
建物の屋上に出た、という意識は、頭の片隅にかすかにあったが、
口から出たのは
「ひぇー」なる、とても情けない声だった。
「びっくりしたなあ」
すこん、と切り取られた青空と、彼の帽子を攫いそうになる風。
四方を高い壁に囲まれ、水の枯れた噴水から、地面に転がる彼を見下ろす女性。
「ここは、何?」
石像が、答えるはずもない。
でも、少し上がった唇の角が、なんとも温かくエースを受け入れた。
いつでも、会いにくれば、良いわ。
心に悲しみが溜めきれなくなったら。
「うん」
誰も、なにも言わない。
石像は語らない。
でも、エースは、まるで幼い子供のように、こくりと頷いていた。
ここでは、何も聞こえない。
彼の聞きたいものも、聞きたくないものも。
なにも、彼を傷つけない。
いそいそと、最初のころは、それこそ毎日、ここに通ったものだ。
自分だけの城。
誰も知らない、彼だけの居場所。
生まれた時から、実の父親ロジャーによって、完全に外界から隔絶された生活を強いられてきたエースは、だからこその極度な人懐こさで、他人との関わりを求める反面。
いつまでたっても明けない夜の闇に抱かれるような孤独が、魚が水を求めるように欲しくなる時がある。
そんな時、いつもは子犬のじゃれ合いさながら、悪ふざけをしている仲間たちを見ると。
自分でも恐ろしくなる「邪悪」としか呼びようのない負の念が湧き上がってくるのだ。
暗黒の中の、さらに黒い、燃え上がるほどの影を纏った彼自身の姿が、くっきりと見えてくる。
その「エース」は、笑いながら叫んでいる。
何を叫んでいるのかはわからない。
わからないが、彼の願いは、くっきりと描き出されている。
すべてを破壊してしまいたい。
自分自身も含めて、この宇宙に、なにひとつ、塵さえ残らないほどに。
「ただの悪夢だ」と、医者でなくても言うだろう。
「だから、あんなホラー映画を真夜中に見るのはやめておけって言ったんだ」
サッチなら、眉をしかめてそう断を下し、そして、カップケーキの一つもくれるだろう。
だが、それは、夢ではない。
そして、体の細胞のどこかで、彼は知っている。
自分には、そうする力が、あるのだ、と。
だからこそ。
だからこそ、ロジャーは、彼を閉じ込めたのだ。
エースの中の、その影を封じたままでいるために。
父親の死とともに解き放たれたエースは、その「負」の瞬間、
無理やり心を捻じ曲げて、「陽気で人懐こいエース」を、必死に演じる。
彼の中で膨れ上がる影が、人々の中に、友達の中で生きていたいと願う彼自身を消してしまわないように。
脆い、光の世界に存在する自分の姿が、軋みをあげて、粉々になるのをつなぎとめるために、血が沸き上がるような痛みに耐えながら。
ひたすら、待つ。
衝動が過ぎ去るのを、祈りながら、待つ。
自分は、ここに、いたい。
ここに、存在していたいんだ。
外からうかがい知れない戦いの後。
体が要求するだけのエネルギーを、食べられるだけ食べて補って、
精根尽きはてて、ばったりその場で眠りに落ちてしまうこともある。
そんな、ひそかに世界を救っているヒーロー・エース(敵が自分だというのが救われないが)を、ふんづけて食器を片づけに行く奴を、たまに、「本当に消したろか」と思う自分に笑ったりする、この世界を、彼は、本当に好きなのだ。
だから、天井がないのと、出入り自由な以外は、まるで牢獄みたいな庭で、石像の足もとに丸くなっていられる時間は、エースにとって、何にも代えがたいものだった。
一度、興味にかられて、「普通の」建物部分から、ここがどう見えるのか、試してみたことがある。
国民議会ホール、さまざまな事務処理用オフィスを通り抜け、エレベーターを乗り継ぎ、最上階に達したところで、「機械室、屋上は立ち入り禁止」と、普通の階段室の入口に札がぶら下げられ、錠が下ろされていた。
そこで「へいへい」と引き下がるなら、「火拳のエース」はやっていないので、さらに鍵をこじ開けて、ついに屋上に出てみた。
音を立てて巻くほどの、港からの風に思わずよろめき、ずらりとならぶ殺伐とした機械類に、辟易とした視線を投げる。
屋内禁煙となっていても、快適な喫煙者用談話室が豊富にあるのに、なにもこんなところまで出向くこともない。
秘密の話をしようにも、こんなにひどく海風にさらされるようなら、お互いマイクで怒鳴りあわないと、会話にもならない。
口説く場所を探して彷徨ったあげく、ここに連れてきたりしたら、そりゃもう、一発で(顔面にも一発くらって)振られること、うけあい。
つまり、国民全てに開放された「テアトゥルム・リベロ」の屋上は、文字通り、正しく、屋上なのだ。
では、あの、秘密の庭は誰がどんな目的で作ったのか。
そこを深く追求せず、「ま、いいや(だって、もう、あるんだもんな)」で済ませられるから、この青年は、ぎりぎりのところで救われているのかも知れない。
そして、この庭には、彼を惹きつける、もう一つの理由があった。
[悠樹純]@後編へ続きます
そろそろ陽の落ちる頃合いだった。
屋上に出る扉が開いた。
相当に重量のある扉は、まったく音をたてない。
顔を覗かせたのは、ポートガス・D・エース。
日ごろの彼を知るものなら、とても驚いたことだろう。
バーン!!(扉が開く)
ドーン!!(踏み込む)
ドンガラガッシャーーン!!(壊す)
そんな破壊神そこのけの青年が、恐る恐る、といった風に、扉をくぐって現れたのだから。
新生共和国を祝って建てられた「テアトゥルム・リベロ」の最上階片隅に、誰も気に掛けないような、灰色に塗られた、本当に普通のドアがある。
ところが、だ。
そこをあけ、雑多に詰まれたボール箱の間を通り抜けると、こっそり人目を避けるような螺旋階段があって、その一番上まで登った先に、まるでここだけ数百年も経ったかに見える、巨大な扉が聳えていた。
重々しい、触ってみれば木の手触りだが、古代の正体の知れない金属製だと言われれば、そのまま頷いてしまいそうだ。
大きく彫りこまれた、大人の背丈ほどもある龍の紋章。
良く目を凝らせば、二頭の絡み合う龍がそれぞれ深紅と深緑なのがわかるが、ぱっと見には、ほとんど黒一色に見える。
人を迎え入れるためと言うより、すべてを拒み、内に秘められたものを、確固として冷たく世界から閉ざすための。
それは、そういう扉だった。
だが。
そんな拒絶をものともしないのが、エースの所以である。
それでも、うやうやしくといって良いくらい丁寧に、彼をして、粗雑な動きを制限するものが、その扉にあったことは確かだが。
扉の隙間から新鮮な外の空気が流れ込む瞬間。
エースは、何よりそれが好きだった。
このところ、ようやく自分を受け入れ、また、彼も受け入れ始めた「世界」だったが、
それでもこの扉をくぐって外に出ると、本来の、なにも身構えることのない自分に戻れる気がするのだ。
ひんやりと、冷たい夜の闇の中で、たった一人、体の中に燃える炎を、いつまでも眺めていた頃の自分に。
扉を開けると、通常の建物全体の屋上から、よじ登る気力も削ぐほど高い塀で切り取られた区画があって、なんと庭園になっている。
といっても、花が咲き乱れるとか、緑生い茂る木があるわけではない。
ただ、冷え冷えとした金属製のベンチが二つばかり。
それから、その中央に、また小さなパヴィリオンがあって、水の出ない噴水が据えてある。
なんということのないデザインだが、噴水の真ん中に立って掌に珠を載せて微笑む女性像が、どういうわけだかエースの心をとらえたのだ。
若く晴れやかな、無邪気な顔に、どこか哀しそうな翳を落とす気配がある。
その翳の源が、女性の微笑みにあるのだと気づいた時、それはいっそエースに衝撃をもたらした。
笑いによって覆い隠された、言い尽くしようのない哀しみ。
それは彼女自身のものではなく、誰かのために、彼女が抱えている苦しみなのだ、と。
吸い寄せられるように、目が離せなくなる。
その、物言わぬ女性の笑みが見たくなるのは、彼自身の心の痛みが、一人で抱えきれなくなる瞬間なのだ、とは、まだエースは気づいていなかったが。
彼女の掌に載る珠は、すべての光を吸い取るが如き黒い輝きを帯びているが、そこに彼の指先から炎を映すと、まるで夜空の星を映しこんで息づくかの煌めきを返してくれる。
それは、エースの心の中に直接響く、聞いたことのない、その女性の声のようで、しばし彼を陶然とさせるのだった。
ここを見つけたのは、本当に偶然だった。
ある日。
食堂の大画面テレビに、ゴール・D・ロジャーの顔が、それはもう、いきなり映し出された。
去年の暮れに死んだ独裁者が、突然、地獄から舞い戻ってきたかのように、巨大なスクリーンで、あの独特な笑顔を閃かせた瞬間。
居合わせた全員が、心臓発作にでも襲われたかの如く体を強張らせ、顔にはありありと恐怖が浮かんだ。
この一年、ようやく訪れた自由を受け入れ、そして謳歌しはじめていた人々が、一瞬で、またも悪夢の中に叩き込まれたのだ。
なんの抵抗もできずに。
『ああ、この独裁者は、これほどの恐怖の源だったのだ』と理解した。
そして、彼こそが自分の父親であること。
その男を、その男の永遠の不在を、これほど恋しく寂しいと思っている自分に気づいて。
自分の思いが許されないものなのだと考えた時。
誰にも言ってはいけない。
思うことも許されない。
心が、きりきりと痛んだ。
いきなり立ち上がって、食堂から走り去る。
テレビの映像に、ようやっと立ち直った人々が罵声を浴びせ始めたのを、エースは聞いていたくなかった。
すでに大部分が、彼が心を開いている仲間だったが。
彼らの叫びを、許したくなかった。
自分が「父」をどれだけ憎んでいたとしても、同じくらい深く愛していたのだと、彼らにぶちまける事が出来なかった。
仲間たちの目が、彼への好意が憎しみに変わるのが怖かった。
そして、そんな風に思う自分が、一番受け入れられなかった。
無茶苦茶に、馬鹿でかい建物の中で、とにかく誰にも会わない方向へと、ひたすら走り、
最後には涙の止まらない目を、ロジャーの面影を消すためか、追うためか、しっかり閉じてしまっていたので、
くだんの龍の扉には、まさに頭から突っ込んだ。
どういうわけだか、その後はいつやってきてもガッチリと閉じられている扉が、彼をそのまますんなりと通し、エースは、みごともんどりうって、庭園に転がり出たのだった。
心の痛みは、驚きとともに、大空高く消え去った。
建物の屋上に出た、という意識は、頭の片隅にかすかにあったが、
口から出たのは
「ひぇー」なる、とても情けない声だった。
「びっくりしたなあ」
すこん、と切り取られた青空と、彼の帽子を攫いそうになる風。
四方を高い壁に囲まれ、水の枯れた噴水から、地面に転がる彼を見下ろす女性。
「ここは、何?」
石像が、答えるはずもない。
でも、少し上がった唇の角が、なんとも温かくエースを受け入れた。
いつでも、会いにくれば、良いわ。
心に悲しみが溜めきれなくなったら。
「うん」
誰も、なにも言わない。
石像は語らない。
でも、エースは、まるで幼い子供のように、こくりと頷いていた。
ここでは、何も聞こえない。
彼の聞きたいものも、聞きたくないものも。
なにも、彼を傷つけない。
いそいそと、最初のころは、それこそ毎日、ここに通ったものだ。
自分だけの城。
誰も知らない、彼だけの居場所。
生まれた時から、実の父親ロジャーによって、完全に外界から隔絶された生活を強いられてきたエースは、だからこその極度な人懐こさで、他人との関わりを求める反面。
いつまでたっても明けない夜の闇に抱かれるような孤独が、魚が水を求めるように欲しくなる時がある。
そんな時、いつもは子犬のじゃれ合いさながら、悪ふざけをしている仲間たちを見ると。
自分でも恐ろしくなる「邪悪」としか呼びようのない負の念が湧き上がってくるのだ。
暗黒の中の、さらに黒い、燃え上がるほどの影を纏った彼自身の姿が、くっきりと見えてくる。
その「エース」は、笑いながら叫んでいる。
何を叫んでいるのかはわからない。
わからないが、彼の願いは、くっきりと描き出されている。
すべてを破壊してしまいたい。
自分自身も含めて、この宇宙に、なにひとつ、塵さえ残らないほどに。
「ただの悪夢だ」と、医者でなくても言うだろう。
「だから、あんなホラー映画を真夜中に見るのはやめておけって言ったんだ」
サッチなら、眉をしかめてそう断を下し、そして、カップケーキの一つもくれるだろう。
だが、それは、夢ではない。
そして、体の細胞のどこかで、彼は知っている。
自分には、そうする力が、あるのだ、と。
だからこそ。
だからこそ、ロジャーは、彼を閉じ込めたのだ。
エースの中の、その影を封じたままでいるために。
父親の死とともに解き放たれたエースは、その「負」の瞬間、
無理やり心を捻じ曲げて、「陽気で人懐こいエース」を、必死に演じる。
彼の中で膨れ上がる影が、人々の中に、友達の中で生きていたいと願う彼自身を消してしまわないように。
脆い、光の世界に存在する自分の姿が、軋みをあげて、粉々になるのをつなぎとめるために、血が沸き上がるような痛みに耐えながら。
ひたすら、待つ。
衝動が過ぎ去るのを、祈りながら、待つ。
自分は、ここに、いたい。
ここに、存在していたいんだ。
外からうかがい知れない戦いの後。
体が要求するだけのエネルギーを、食べられるだけ食べて補って、
精根尽きはてて、ばったりその場で眠りに落ちてしまうこともある。
そんな、ひそかに世界を救っているヒーロー・エース(敵が自分だというのが救われないが)を、ふんづけて食器を片づけに行く奴を、たまに、「本当に消したろか」と思う自分に笑ったりする、この世界を、彼は、本当に好きなのだ。
だから、天井がないのと、出入り自由な以外は、まるで牢獄みたいな庭で、石像の足もとに丸くなっていられる時間は、エースにとって、何にも代えがたいものだった。
一度、興味にかられて、「普通の」建物部分から、ここがどう見えるのか、試してみたことがある。
国民議会ホール、さまざまな事務処理用オフィスを通り抜け、エレベーターを乗り継ぎ、最上階に達したところで、「機械室、屋上は立ち入り禁止」と、普通の階段室の入口に札がぶら下げられ、錠が下ろされていた。
そこで「へいへい」と引き下がるなら、「火拳のエース」はやっていないので、さらに鍵をこじ開けて、ついに屋上に出てみた。
音を立てて巻くほどの、港からの風に思わずよろめき、ずらりとならぶ殺伐とした機械類に、辟易とした視線を投げる。
屋内禁煙となっていても、快適な喫煙者用談話室が豊富にあるのに、なにもこんなところまで出向くこともない。
秘密の話をしようにも、こんなにひどく海風にさらされるようなら、お互いマイクで怒鳴りあわないと、会話にもならない。
口説く場所を探して彷徨ったあげく、ここに連れてきたりしたら、そりゃもう、一発で(顔面にも一発くらって)振られること、うけあい。
つまり、国民全てに開放された「テアトゥルム・リベロ」の屋上は、文字通り、正しく、屋上なのだ。
では、あの、秘密の庭は誰がどんな目的で作ったのか。
そこを深く追求せず、「ま、いいや(だって、もう、あるんだもんな)」で済ませられるから、この青年は、ぎりぎりのところで救われているのかも知れない。
そして、この庭には、彼を惹きつける、もう一つの理由があった。
[悠樹純]@後編へ続きます
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