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あけましてエース誕生日おめでとう!!
[しずまる]
12月31日、23時37分。
窓を揺らすのは、夜風か、外の喧騒か。
漸く、最後の一枚に目を通し終えて、指先で眉間を摘む。
鈍く痛みを伝える程度に押さえて、一息。
間に合った、否、間に合わせた。
本当ならやるつもりのなかった、つまり明日に残る筈だった仕事まで。
時計を見遣り、まだ少しばかり余裕があることを確かめると、こきりと首を鳴らして立ち上がる。
十分に温かいとは言えない部屋だが、それでも外気との差はある様で、薄く曇った飾り窓のガラスを緩く握った拳の外側で拭うと、今夜は並んで泳ぐ黒い鯨の帆が揺れていた。
そしてちらほらと見える傘下の海賊達のジョリーロジャー。
合わせれば3000人程集まっているのだろう、なんと大仰な宴だ。
船室に残っているのは自分だけだろうか。
例年、大体初めから終わりまで、地響きのようでいて誰より優しい笑い声の傍らに居たこの時間。
その過ごし方が惜しくない訳では無かったが、外に広がる愉しげな音をこうして聴くのも新鮮だな、とも思いながら再び時計を見、そろそろかと部屋の外へ向かう。
エースはおれの居ない事に気付いているだろうが、いつもの様に呼びに来なかったのは、あいつを祝ってやろうと息巻いている多くの兄達が、今日は見失うまいと張り付いているのだろうか。
それにしたって、愉しんでいるだろう事は容易に想像出来るので、別に構わない。
ひとまず姿を探そうと、メインデッキを2つ程見下ろすテラスに出た。
途端に吹き付けた風は冷たかったが、酒が入れば忘れてしまうだろう。
手摺から見下ろせば、やはり只事ではない人数が犇めき合っていた。
けれど、その姿はすぐに見つかった。
この桁外れの大家族の末弟。
その歳に見合うかそれ以下の純真さは眩しく、時に目を見張る程で、
今もやはり、この距離でいても鮮烈なあの満面の笑みに思わず目を細めた。
明日が誕生日なのだ、と、知っていたかった。
この大人げない感情は、先程サッチに伝わってしまっただろうが、別に構わない。
同時に、見下ろす先でくしゃりと破顔するエースを見れば、知るのが遅くて良かった、とも思う。
その理由こそ真に大人げないので、こちらは只隠しておきたい。
もしも知っていれば、と仮定するとおれは、今頃エースを部屋に連れ込んでいたかも知れなかった。
その瞬間だからこそ、自分だけのものにしたい、という傲慢と、
その瞬間だからこそ、貸してやる事も仕方が無い、という更なる傲慢。
皆が皆、彼奴を可愛がる事を愉しみにしていて、本人もそれに喜んでいる事を知っていて尚、僅かに前者へ傾く天秤に、『片付け切れずにいた仕事』と、『彼奴を慕ってやまない部下達の計画』の二つが乗って漸く、均衡。
そうして今やっと、理性を勝たせる事が出来る。
半分ほども年下の餓鬼に、なんて様だと嗤えてくるが、ともかく今年の所は皆でカウントダウンとやらに乗ってやろうと決めた。
自室で時間を確認してから10分、という所か。
居場所も確かめた事だし、そろそろデッキに降りるかと、視線を外しかけたその時。
思わず、舌打つ。
話の切れ目が訪れたのだろう、笑いの収まった不意の瞬間。
続いて持ちあがる新しい騒ぎに呑まれ、再び笑顔を見せるまでのほんのひと時、エースはきょろりと辺りへ視線を巡らせて、そうしてなんとも浮かない、寂しげな表情を覗かせた。
密かな葛藤の全ては、今になって吹き飛んだ。
「おいエース!カウントダウンはじまるってよ!」
「あー!おれも!おれも叫ぶ!」
「せーのっ!」
エースが探しているのは自分だと、確信したのは慢心だろうか。
「「10!」」
兄弟は、浮かれ、杯を掲げ、上向いて叫び始める。
「「9!」」
足止めを避け、静かに、すり抜けるように。
「「8!」」
姿は見えず、然し焦りは無く、真っ直ぐ彼奴の元へ。
「「7!」」
徐々に団結する、三千の厚みの声。それでも。
「「6!」」
ほらな、見つけた。
「「5!」」
背後へ、そして、跳ねる黒髪に鼻先を寄せる。
「「4!」」
首筋に名を呼び、突き上げた両腕を掴み身体を反転させる。
「「3!」」
数字を辿るのを止めたエースを抱き締め、
「「2!」」
掴まれ。
「「1!」」
ハッピー・バースデー、エース。
耳元へ吹き込んだ囁きと、
夜空も揺れる重厚な歓声は、
どちらも風を切る音に消される事無く、そして同時に、届いただろうか。
「え?えぇ!?何コレ!?」
「マルコ隊長ォ!!??」
「マルコ、てめぇぇえ!!!」
「グララララ、やりやがったなァ」
咄嗟に回した腕で、首の後ろに掴まりぶら下がるエースが叫び、
少し遅れて下方から、必死に此方を見上げてのブーイングと、笑い声。
くつくつと、腹の奥から湧き上がる笑いが堪えられない。
「オヤジ!ハッピー・ニューイヤー!」
2番目に回してしまった親不孝も、何とも愉しげに笑ってくれているのを確かめればいまいち悪びれる事が出来ずに叫び、もうひとつグララと空気が揺れた。
「降りて来いコラー!!」
「うるせェよい、てめェ等にも祝わせてやったろい!」
「え、なァ、マルコ、…何コレ…」
主役の癖にやけに控えめに、おずおずと尋ねてきたエースは、科白に反して状況をほんのりと飲み込めてきたようだ。
こんな風に、困ったように眉を寄せ、戸惑い揺れる黒曜石。
この表情を前に見たのが何時だったか、おれは決して忘れない。
「聞こえなかったかい?」
ほんの些細な仕様の無い事にも大袈裟に喜べる癖に、本当に心を揺らされた時には不器用な、こんな所も、愛しくて仕方がない。
ふるふると首を振り、ぎゅうとしがみついた身体を、抱き締め返してやれないことだけを残念に思う。
「いつまでやってんだー!!」
「狡ィぞ鳥ーー!!」
「俺等にも祝わせろこの野郎ーーー!!」
おれ達を見上げる白、黒の鯨達が、再び騒ぎ出す。
そうしてエースが、今度はからからと笑った。
「ありがとう、マルコ」
両肩から広がるおれの炎で照り返し、柔らかく影が踊るその表情は、
やはり、眩しい。
「降りるか」
「…ん」
下を見て、またおれを見上げて、そうして短く答えたのを確かめて、く、と背中を折る。
ゆっくりと羽ばたきながら白鯨の背に降りると、足を付けるより早く、仲間たちに迎えられて揉まれていった。
***
飲んでますー?
「あァ」
ちょっとオレ見くびってたわ。
「あァ?」
や。…お前、マジで惚れてんのね。
「…あァ」
あー、しか言えねェの?
「あァ」
はァ…そんで、そんな大人げなかったのね。
「……みてェだな」
ハハ、なんだそりゃ。