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Password:ひとつなぎの大秘宝 Act-5
悠樹純の連載の続きが届いてました…!
アップが遅くなってしまった、ごめんなさいっ

まだちょっと寒かった頃の感じでお楽しみくださいませ〜

「春一番」

ぶらぶらと、例によって自分の部屋の延長、もしくは、自分の所有物だと考えている食堂に入ったエースの足が、ピタリと止まった。

なに?
何かが、おかしい。
うなじから背中までが、ぞわぞわと、まるで氷の手で撫で上げられているようだ。

だが、一体何が?

極めて平静を装いながら、エースは敢えてゆっくりと視線を振った。

それは、彼に隠された才能の一つ。
直感力と言っても良いかも知れない。


ミュータントの能力にそうした科学的定義が出来るのだと知ったのは、つい最近。


場所は、巨大な劇場を擁する、うんざりするほど壮大な執政府の最上階。

外は、またいきなり冬に戻ったかのような風が吹き荒れている。
空を、暗い雲がすごい勢いで走って行く。
まるで、世界の終わりから逃げてでもいるように。

レイリーの執務室に、今は亡きゴールド・ロジャーの国を治める男たちがいた。

ロジャーの片腕であった、現在、執政官のレイリー。
さらに、その彼の右腕、人によっては「右手に握られた毒を塗った大剣」と呼ぶサー・クロコダイル。
暗がりにいるのか居ないのか、いつも分からないが、ここの住人の胃袋を支配することで、実は前代未聞の権力を持っているのではないかと思われているサッチ。
新顔だが、誰からも一目置かれている、あの赤髪の男の名前は、シャンクスだったか。
それから、好意がこもっているのは明確だが、出来たら遠慮したいウィンクの派手なエンポリオ何とか。ワ行の発音に問題がある、珍しい言語障害を抱えているらしいので、聞き間違いかどうかが確かめられない。
そして、ソファーにうずまっている青い鳥。

鳥に変身していると、考えがまとまりやすいのだと、本人(鳥)マルコの談だが、実は眠り込んでいても分かりづらいからではないかと、エースは勘ぐっている。

仰々しい部屋で、撒き散らすオーラは、それぞれが10人分以上のおっさん達(プラス鳥)に囲まれ、それが全く違和感のないエース。
しかし、考えれば、彼はゴールド・ロジャーのただ一人の息子なので、独裁者亡き後、ここにいても不思議ではない。
ここか、もしくは、墓の中か。


そして。
レイリーの執務机の前に立ちはだかって、エースのミュータントの能力を説明しているのは、トニートニー・チョッパー。

『ただもんじゃ、ないもんなあ、この医者も』
エースは、窓際から恐ろしい面々を睥睨する、頭が動物のマッチョ男を見やった。
『シカだもんな』
そう思った瞬間、チョッパーに、はったと睨まれたので、あわてて心の中で訂正する。
『すんません、すんません、トナカイでいらっしゃいました。トナカイ様です』
にっこりトナカイ頭が頷いたので、余計怖くなる。
『こころが、読めるとか? 読心術を駆使する医者なんて、怖すぎるじゃねーかっ』


初対面は三日前。

むりやりレイリーに健康診断を強いられて入った医務室。
カーテンの向こうから現れた医者の、筋骨逞しい白衣の体に乗っているのは、動物の頭。
「鹿?」
エースが思わず口走ると、それは壮絶な殺意のこもった視線が帰ってきた。
「トナカイ、だ」
よく出来た被り物だなあ、としみじみ観察するエースに、
「鹿とトナカイも見分けられんのか、情けない」と吐き捨てた。
うん、と素直に謝る若造に、被り物の医者は、トニートニー・チョッパーだと自己紹介した。

レイリーに、ミュータント能力のテストを任されているのだと言う。

二時間あまり、色々計られ、針を刺され、つつき回され。
挙句に、火を吹いてみろと言われて、エースは流石に目を丸くした。
「危ないって!」
まだ完全にコントロール出来る自信は無いのだ。
ま、やってみろと促され、仕方がないので全身を火炎で包んでみた。

その瞬間。

2メートルはありそうな男が、三頭身の、やたら愛らしい縫いぐるみに変身したには、見開いた目が、それこそ飛び出しそうになった。
「鹿ッ!!!」
「トナカイだって、言ってるだろう」
声まで可愛い。
「危険を察知すると、こうなっちまうんだ」
気にするな、と簡単に片付けられても、丸っこいひずめでポコポコ歩かれると、とても気になる。
「あの、さ」
逆の方が良くないかと尋ねると、まん丸な頭を傾げられた。
なるほど、こうも大々的に愛らしさを打ち出されると、危害を加えるにも、度胸が必要だ。

変身するってことは、被り物じゃなかったのか。

世の中、広い。
エースは、しみじみ思った。
見たことのなかった世界は、こんなに珍しいものに溢れている。


その、鹿、いやトナカイ医師は極めて優秀で、さらにミュータントにかけては、世界屈指。
それも当たり前だろう。
ミュータントを扱える環境は、世界中どこを探したって、ほぼ存在しないだろうし、また、研究者自身がミュータントときたら。

今は、見上げるほどの高さから、チョッパーはエースの能力の一つを説明している。

彼には自覚していないレベルでのカメラ的記憶力があり、一度体験したものや、周りの環境の「自分にとって安全であるべき姿」を瞬時に憶えているのだそうだ。
そうすると、次の機会がきた時、彼にとって脅威になるようなものを、一秒のロスもなく判別することが出来る。

「ま、いまのとこは、こんなもんだな」

新しく入ったミュータント達のデータも順調に集まっているし、あんた達のも、じきに方向できるよ。

キリがついたトナカイは、鳥の隣にどっかり腰をおろした。

これまで、深く地下に潜っていたミュータントが、(狩り出す形で手中に収めるやり方が、火を吹くほどエースの怒りをかきたてはするが)、政府が実態を把握するに連れ、都市伝説的脅威や、迫害の対象にならなくなってきたのも事実。

産まれた子供がミュータントだと知り、我が手にかけた母親が、翌日には村人にミュータントを産むなら同じ化け物だと殺されたり。
山に追われたミュータント達が、山賊と化したり。

そうした事態は、間違いなく激減した。

先週など、「ミュータント戦隊を作っていると聞いた」と、自ら名乗りをあげるものすら現れた。

だが、その他明らかな意図を、まだレイリーは語っていない。
『このおっさんは、喋る事の10倍は秘密を抱えているからなあ』
まあ、頭の出来が違うんだろうけど。
やんなっちまうな、と、猪突猛進の典型エースは、溜息を漏らした。

世の中の皆さんが、あんなにミュータントを怖がっていたのに、国のトップがほとんど全部ミュータントだったなんて、あり?

チョッパーが、エースのファイルを閉じた時、エースをジロリと見やったサー・クロコダイルが爆弾を落とした。

「イタチみたいだな」

『どんな人で何をやっているのか、誰も明確に規定出来ないが、誰も否定出来ないくらい、すごい』クロコダイルは、もともと歯にものに着せぬ表現を高射砲のように連続射撃しまくる男だが、こと、エースに関しては、チタンで形成した牙に劣化ウランコートが掛かっている。
一言で真っ二つだ。
しかも文字面から意味が取れないので、謎に満ちて、さらに真半分。
四分の一にされたエースが、弱々しく呟いた。

「イタチ…?」
「知らんのか、イタチを」
ふふん、つまらん、と、露骨に見下し、葉巻のはしから「田舎者め」と呟いた。
挙句に、その呟きが、でかい。
部屋の反対側の端からでも、余裕で聞こえる。

「イタチを知ってる方が、田舎者だろうが」
赤ん坊の頃からエースを知っている冥王が、さすがに気の毒そうに口を挟んだ。
くるり、と、親友の息子に向き直って、噛んで含めるように繰り返す。
「要は、な」
「岩場に隠れて辺りを伺って、気配の変化に飛び上がってるイタチだと、こいつは言いたいわけだ」

「イタチみたいだ、ってのと、イタチだってのは、深い溝があるよい」

チョッパーが座った衝撃で目が覚めたのだろう、人の姿に戻ったマルコが、いつもの、少し揶揄するような口調で割り込んだ。

指摘するところは、そこ?
いつもなら、マルコの声を聞いただけで「うわぁい」モードになるエースだが、冥王・鰐・鳥トリオを結成されると、何だか、いつも、ちょっと辛い。

とりあえず、ロジャーが何の前触れ無しに死に、それまで幽閉されていた海桜石の屋敷から開放してくれたのがレイリーと分かってから、冥王の傍にエースがいるのは、暗黙の了解。
そうして、鰐の旦那の、得体の知れない「文化事業」に組み入れられ、そこで初めて仲間を得て、マルコに出会った。

徐々に、持て余すだけだった自分自身を知って、折り合うことを学びつつもある。

大まかに見て、彼は幸せだった。

そして、ここにいれば、彼は安全だと信じていた。



今までは。

食堂に足を踏み入れるまで。

何が、彼のイタチ毛を逆なでするのか。


一旦通り過ぎた視線が、一人の男の背に戻る。

がっちりと逞しい肩、背中。

その描く線が妙に見覚えあるのは、なぜだろう。

ゆっくりと男が振り返った。
隣に立つ小柄な女に開けっぴろげな笑いを投げ、両手にソーセージとマッシュポテトを山盛りにした盆を抱えている。

一瞬にして、部屋の中の空気が無くなった気がした。

ロジャーだ。

あれは、ロジャーに間違いない。

だが。

なんで。
いったい、なんで。


肺から空気が絞り出され、頭の中を、さっきの空の雲なみの黒い闇が覆った。


次に目を開けた時。

また、レイリーの執務室にいた。
正確に言うなら、床に放り出されていた。

ソファーだって、あるのになあ。
フカフカしていても、カーペットは、やはり硬いんだが。

悲哀に満ちたエースの頭上で、容赦無い声がする。

「まさか、ひっくり返るとはな」
「イタチは死んだふりをするぞ」
「ヴァカ者は繊細なんだからね」
「馬鹿者?若者?どっちなのさ」
「そりゃ、対した差でもないな」

薄目を開けて見たら、居並ぶおっさんたちが、頭の上に天井を作っている。
地獄図だ。

レイリーが、ぐいと腕をつかんで引き起こした。
ロジャーに幽閉されていた頃、彼がたまにエースの教育課程の進み方を監督しにきていたので、狸寝入りを見抜かれるのは、当たり前。

壁際に、ちみっと立たされ罰を受けているみたいな男が、ひらひらと手を振った。

さっきの、食堂で見かけた男だ。
まさか、男を見てぶっ倒れるなんて、前代未聞だが、死んだ父親がソーセージをつついていたら、そりゃあ、仕方が無いだろう。

「あいつが、ここまで運んできてくれたんだ」
平然をレイリーが紹介する。
「ちゃんとお礼を言いなさい。お前の親父の替え玉だ」
エースの顎が、がっぱり、音を立てて落ちた。
目玉もついでに落ちそうだ。
「替え玉って。なんで?」
周りのおっさんたちが、傑作な冗談を聞いたみたいに笑い出す。
「そりゃあもちろん、替え玉ぐらい、いるさ」
「なんせ、独裁者だぜ」
「保険に入れないぐらい、あぶない職業だぞ」
「取って替わって、さあどうするよ、って奴ほどロジャーを狙ってたからなあ」
「独裁者殺して、きゃっほー万歳これでみんなが幸せよん、なら、この世の中、マジ簡単ですって」
レイリーが、しみじみと、
「あいつ以外にも三人いたんだが」
「いたんだが?」
「何で過去形?」
「殺されちゃったからねえ」
あっさりと辛い宿命を語られてしまった。

生き残った替え玉は、内気な感じで、もじもじしている。

「あまり、似ていないな」
鰐の旦那は、同情する風もなく、容赦なく顔をつついている。
「当たり前だ。ロジャーが死んでから、元の顔に戻したからな。今は、定期的にロジャー追悼番組の出演ぐらいだから、メークアップで事足りるし」
壊すな、とばかりに、ワニを引き剥がしたレイリーが、すごく良いことを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ、せっかくだから、親父と話していけ、エース」
「話せったって。替え玉はイタコじゃないんだし」
「わからんぞ、なんたって、徹底してロジャーになった連中だよい」
マルコに言われて、あらためて、気の良さそうな男を検分する。
「こんにちは」
ぺこり、と頭を下げられて、エースも慌てて帽子を取る。
「替え玉その三です」
「ええと、あの、ええっと、俺は……」
「ロジャーの息子のエースだろ。知ってるぜ」
「な、なんで?」
「だって、ロジャーの替え玉は、ロジャーの事なら、なんでも知ってなきゃな」
何を話せばいいのだろう。
とりあえず、頭に浮かんだ疑問から。
「なんで、替え玉なんか引き受けたんだ」
あの、世界中から恐れられ、国中から嫌われていた独裁者の。
「そりゃあな」
ゴシゴシと頭をかいて答えた声は、まさに、ロジャーを彷彿とさせるものだった。
「最初は、強引だった」
ちらりと、レイリーを見る。
喋って良いものかどうか。

「いきなり、うちにでっかい車がやってきた、と思ったら、気がついたらロジャーの宮殿だった」
『誘拐じゃん』
「目の前にゴールドロジャーが現れた時には、もう、そのまま死んじまうと思ったぜ。
一週間、宮殿にいてくれと言われた。それから、決めてくれ、ってな」
男は、天真爛漫な笑いを浮かべた。
「家族も一緒で良いってさ」
『人質じゃん』
ちろり、と、その当時、男を苛んだだろう苦しみと、怒りが浮かぶ。
「で、答えが否だったら、催眠処理で一週間の記憶を消して、家族も俺も、村にかえしてくれると言われたが」
あはは、と男は、開けっぴろげに笑った。
「信じるわけ、ねえじゃん」

ポツポツと、ゆっくりと男は言葉を探して紡いだ。

もう、おしまいだと思った。
俺、娘がいるんだ
食堂で見てないか
可愛いだろ、俺に全く似てないんだ
ロジャーに殺される運命なら、最後に奴を刺すぐらいしてやろうと思った。

「一週間、ロジャーを見ていて…」
あのさ、と男は、癖なのだろう、また頭をかいた。

人間、完全に正しい事なんか、出来ないよな。
出来ていると思っても、他から見たら、まるで間違っていたりとかで。
これだけ独裁者って呼ばれて憎まれて、まだ、この国のために、俺たちがここで生きられるために、こんなに頑張っているんだって。
なんでだろう、な
俺も、さ
この国が、ここが好きだ。
もしかしたら、世界政府や、他の国がここを奪っても、同じことかもしれない。
でも、そうなるには、戦争があるわけだし。
大事な人が、同じ結果になるために不必要な戦いで失われるかもしれない。
そうしたら、二度と同じことにはならない。
自分のやれる仕事をして、家族や友達と生きていけるのがロジャーのお陰なら、そのロジャーを守れるなら、そうしたっていいじゃないか。

「うん」

エースの、頷きなのか、問いかけなのか分からない相槌に、

「と、娘に言われたわけさ」
男は、自らの台詞に爆笑した。
「それをロジャーに伝えて、替え玉をやることにした、って言ったら」
男の喉が、ちょっと詰まったようだった。
「ありがとう、と言われた。
真っ白になっちまったよ、俺
一分半、息、してなかったらしい」

人のいい、生まれつきの顔で、男は笑った。

多分、ロジャーに、この男の元の人生のような道を選ぶチャンスがあったなら、こんな顔で笑っていたのだろう。
どこかをいきなり突き刺された時みたいな、痛みを圧し隠した笑顔ではなく。
エースの肩におかれた掌だけが、父親としての本音を告げるなんて、そんな悲しい事にもならなかっただろう。
自分の人生全てを、世界と引き換えさえしなければ。

「あのさ」

替え玉は、俯いてしまったエースの目の高さに合わせるためか、自分もカーペットに座り込んだ。

余計な事だろうけど。
あんたの親父として生きられるなら、ロジャーは……

ううん、とそこで替え玉は、盛大にうなった。

「だめだな、交換条件が思いつかねえ。俺は替え玉だけど、ロジャーじゃないもんなあ」

何時の間にか、他の面々が、彼ら二人を囲むように、でも、まるで守りでもするように、壁際に引き下がっていた。

「普通の親父になれなかったロジャーは、まるっきり幸せじゃなかった。でも、あんたがいたから、色んな事に踏ん張れたんだと思うぜ」

エースは、ぐいと帽子を引き下げた。
いきなり真っ赤になっただろう目の縁を隠すために。

「俺たち、替え玉は、三人いたんだ。
みんな、自分の命と引き換えにしても良いやって、おもってた」

「男から言われても嬉しくねえって、ロジャーは言ってたがな」
いきなり、レイリーが背後に立った。
エースは、その陽炎のような出現ぶりに、あいかわらず鼓動が一拍とんだが、さすが、ロジャーの替え玉は、慣れたものだ。
ちょっと唇を尖らせて、苦笑い。
「わかってらあ。『それより、百万の戦車に囲まれても、石に食らいついて生き延びるぐらいの根性を見せろ、俺の替え玉なら。』そう言われたぜ。すごいだろ、敵ったって、人じゃなくって戦車だぜ」
「化けもんだよなあ、言うことまで」
レイリーが、かかと笑う。
ロジャーを救えるなら、誰より真っ先に命を投げ出しただろう男が。
いや、違うな、とエースは訂正した。
やれることを全てをやり尽くし、世界を滅ぼして、それでもダメなら「ち、仕方ねえなあ」とかブツクサ言ってからだ。
で、ロジャーに、「自分が居なくなってからのハウツー本」やら手渡すんだ、きっと。


替え玉が、食べ損ねた昼ご飯を再び求めて、食堂に戻って行った。


やっぱり似てねえ、と、グズグズ言うワニの旦那に、新顔シャンクスが遠慮なく笑いかける。
「まあ、そう言うな。テレビなら、あの程度で充分だ」
「まともに、ロジャーの顔を見られる連中でもなかったからね」
「いやいや、悪くないぞ。俺が骨格やらきっちり測って選んだんだからな」
「美人コンテストより厳しかったな」
「当たり前だろ。こんな馬鹿でかい建物を、親友の記念碑にぶっ建てるおっさんだ」
「ロジャーを守るためなら、替え玉の千人も用意したかっただろうよい」

マルコの台詞の、あまりの突飛さが、エースを現実に引き戻した。

「なんとおっしゃいました?」
あり得ないことを聞いた耳が、とても礼儀正しい言葉を紡いだ。
「千人の替え玉かよい?」
「いや、そこじゃなくて」
マルコも、とても面倒見の良い男なので、エースの耳元に、手のひらを丸めて近づけると、
「こんなーー」
「馬鹿でかい建物をーー」
いや、別に、ゆっくり馬鹿でかい声で繰り返してくれなくても、良い。
「この建物が、友人のロジャーのため?」
「いや、まあ、その思い出のため、ってえか」
「つまり、てめえのため」
「まあ、思い出の品物なんて、大なり小なり、そんなもんだろ」
「大なり小なり、の規模ですか、のこれが」
「まあ、ちょっと、大きいわな」
「ちょっと」
「うん」
「良いじゃないか、微笑ましくて」
「そう?」
「うん」
「仕方ないんだよい」
「こっちが照れちまうぜ、のロマンチストだもん、レイリーってば」

自分以外の、誰一人として、事態を全く正常と受け止めているらしい。
この会話の流れに平気になったら、俺は人間じゃなくなってしまうぞ。
踏ん張れ、踏みとどまるんだ。

頑張れーーー
頑張れ、俺ー

諸悪の根源レイリーが、ぽんと、無垢な子羊エースの肩に手を置いた。

思いがけなく暖かな思いが流れ込んでくる。

「これからな、エース。色々なことを知って、学べば良い。ロジャーが、お前の親父が、本当はどんな人間だったのか」

漆黒の瞳に、自分の顔が映る。

「それから、お前自身が、どんな人間になりたいのか」

事は片付いたとばかりに、レイリーは背を向ける。

「始まりってのは、お前が決めるもんだ。いつでも、どんな時でも、お前がそうしたいと思いさえすればな」


遠い記憶の中で、かすかな声が蘇る。

まだ、彼がほんの子供だった時。
風邪でも引いたか、やたら熱っぽく寝苦しい夜。

夢かと思っていた。
大きな掌が、ひんやりと額に置かれたのは。

「自分の道を決められる世界を、お前のためにつくってやろう。いつか、おまえに、今のお前になるために辿ってきた途を、幸せに振り返れる時がくるように、そんな世界を作ってやろう」

「だから…」

だから?

わずかに掠れた声は、二度とは繰り返さなかった。
そして、もう、あの声を聞くことはない。

あれは。
あれは、ロジャーだ。


うん。
エースは、頷いた。
大丈夫。
まだ、どんな人間になりたいかはわからないけど。

それを決められる男には、なったと思うぜ。


エースの脳裏に浮かぶゴール D.ロジャーが、ゆっくりと笑顔になった。
ずっと、いつも。
眠った振りをしているエースにだけではなく、
まっすぐに、自分に向けられる事を願っていた、そんな笑顔に。


いつか、俺はゴールドロジャーの息子だと、胸を張って言える男になるんだ。



冷たい季節の名残の風が、窓を揺らした。

そして、春が来る。

暖かな日差しがエースを包んだ。

 

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プロフィール
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とど”まるこ”とをしらない人達
年齢:
13
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性別:
女性
誕生日:
2010/11/22
職業:
モビーディック観察
趣味:
妄想
自己紹介:
マルコがエロ過ぎて心がやす”まるこ”とがない やすまると
マルコが男前過ぎて萌がしず”まるこ”とがない しずまるです。
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